日本語のアクセントの書き方 ver.2

現在、日本語のアクセントの表記法には、定まつたものはありません。研究者ごと*1、辭書ごと*2にさまざまな方法が取られてゐます。日本語學界の中でさへこの状況なのですから、大學で日本語學を學んだわけでもないかぎり、アクセントを書き表すことそのもの*3が難しいでせう。

以前筆者(中村)は「日本語のアクセントの書き方」といふ記事を書きました。この記事は言語學者上野善道氏による方式*4を紹介するために書いたものです。しかし、その書き方が粗略すぎて理會しにくいのが問題でした。

そのためこの記事では、日本語のアクセントがどのやうなものであるかといふ説明や實際の音聲ファイルなども用意し、詳しく説明してみました*5。この方法を用ゐて、インターネット上などでアクセントについての情報が盛んに交はされることを期待します。

1. 用語

アクセントについて説明する前に、日本語學の用語について説明しておく必要があります。

「あ」「く」「ぎゃ」「っ」「ん」など、(「きゃ」などを除き)およそ平假名一つ分で表される音のまとまりをと言ひます。
プロミネンス
「私の!」と、聲を高くすることで強調する調子をプロミネンスと言ひます。
イントネーション
「花ですか。」と言ふときには「か」の音が下がりますが、「花ですか?」と言ふときには「か」の音が上がります。このやうに文末などで拍内部の音の高さが變化し、文の言ひ切りや疑問を示す調子をイントネーション*6と言ひます。

2. 使用する記號

使用する記號は主に二種類です。

一つ目は、どこで上がりどこで落ちるのかを書く記號です。これは文などのアクセントを示すのに適してゐます。

二つ目は、アクセント核(後述)がどこにあるのかを書く記號です。これは單語のアクセントを示すのに適してゐます。

また、語例を片假名で書く場合には假名遣にかかはらず表音式に書きます。また、カ行に半濁點がついたもの(「カ゚」など)は鼻濁音を意味します。

3. 日本語のアクセントの仕組み

日本語の方言にもさまざまなものがあり、中にはアクセントがない方言もあります。本稿では主に共通語や、東京近邊の方言を中心に据ゑて説明します。

3.1 段階觀と方向觀

日本語(中でも、共通語や東京方言)のアクセントの仕組みがどのやうになつてゐるかには、有力な解釋が二つあります。一つは段階觀、一つは方向觀です。かつては段階觀が支配的でしたが、現在では方向觀*7が一般的になりつつあるやうです。

段階觀とは、拍それぞれに高いか低いかが定まつてゐるとする考へ方です。方向觀とは、拍の前後で上がつたり下がつたりしてゐるとする考へ方です。

たとへば共通語の「男が」といふ言葉を、段階觀では「オが低く、トコが高く、カ゚が低い」と解釋し、方向觀では「オの次で上がり、コの次で落ちる」と解釋します。一見同じやうですが、後述するとほり段階觀よりも方向觀のはうが合理的であるため、上野氏はこの方法を取つてをり、本稿でもこれにならひます。

3.2 アクセント核

「櫻」といふ語と「男」といふ語はそれだけではほぼ同じ*8アクセントです。どちらも「○[○○」です。が、次に助詞の「が」をつけると、「櫻」は「サ[クラカ゚」と平らであるのに對し「男」は「オ[トコ]カ゚」と落ちるところがあります。

「櫻」「男」などの單語には、「櫻」のやうに落ちるところがない*9ものと、「男」のやうに落ちるところがあるものとがあります。よつて「櫻」といふ語のアクセントを示すときには「サ[クラ=」と最後に「=」を、「男」といふ語のアクセントを示すときには「オ[トコ]」と落ちるところに「]」を書きます。または、「櫻」は「@」、「男」は「③」や「-①」とも表現します。

「オ[トコ]」の「コ」のやうに落ちる直前の拍のことを「アクセント核」と言ひます。アクセント核の有無や位置は單語ごとに決つてゐます。

3.3 上昇による境界の表示

アクセント核の有無や位置は單語ごとに決つてゐます。これは、落ちる場所が決つてゐるといふことです。では上がる場所はどうでせうか。上がる場所は決つてゐません。

「サ[クラ=」は「サ」の直後で上がりますが、これは文頭だからです。多くの場合、「キ]レーナサクラ=」といふ場合には「サ」の直後で上がらないことが多いでせう。「キ]レーナサ[クラ=」と發音するのは、「綺麗な」と「櫻」との間に境界線をはつきりとつけたいときのみです。上がる場所は、その前の拍の前に文や意味の切れ目があることを意味するのです。

上がる位置は單語ごとに決つてゐるわけではない*10ので、アクセントよりイントネーションの一種と考へるべきものです。ですから、「櫻」のアクセントを書く場合には「サクラ=」、「男」は「オトコ]」と、落ちる場所の有無や位置のみを書けば充分です。このことは全ての拍で高さが決つてゐるとする「段階觀」では捉へきれません。

3.4 アクセントの働き

アクセントにはおよそ次のやうな働きがあることが知られてゐます。

4. 音聲のサンプル

音聲のサンプル*12を用意しました。參考にしてください。映像*13内ではアクセント核の有無および位置のみ「]」および「=」によつて示してあります。また、アクセント核がわかるやうに「が」をつけて發音してゐます。

參考文獻

もつと詳しく知りたい人はこの本を讀んでください。