ソマリ語雑考

ソマリ語について思うことあれこれ。

1. 女性たちは男性で、お父さんたちは女性?

ソマリ語は不思議なことに、複数形になると名詞の性が反対になることが多い。だから「naag」(女)の複数形「naago」(女たち)は男性名詞で、「aabbe」(父)の複数形「aabbayaal」(父たち)は女性名詞になる。

英語の the にあたるものはソマリ語では語尾変化なのだが、男性名詞の場合は -ka, -ga, -ha、女性名詞の場合は -ta, -da, -sha などになる。「aabe」(父)は男性名詞なので「aabeha」となり、「naag」(女)は女性名詞なので「naagta」となる。そして「naago」(女たち)は男性名詞なので「naagoha」となり、「aabbayaal」(父たち)は女性名詞なので「aabbayaasha」となる。

もちろん男性名詞、女性名詞というのは形式の上の話で、ソマリ人が女性たちを男性だと思ったりお父さんたちを女性だと思ったりしているわけではない。

2. 世界で一番合理的な文法?

国語学者金田一春彦は『日本語 新版(下)』(岩波書店、1988)の中で、次のように書いている。

(略)世界の言語は語順から見て次の五類型になる。

(1) 日本語式 主語―目的語―他動詞の順 ただし、修飾語は名詞の前に。
(1)' ビルマ語式 主語―目的語―他動詞の順 ただし、修飾語は名詞より後に。
(2) 中国語式 主語―他動詞―目的語の順 ただし、修飾語は名詞より前に。
(2)' フランス語式 主語―他動詞―目的語の順 ただし、修飾語は名詞より後に。
(3) ケルト語式 他動詞―主語―目的語の順 ただし、修飾語は名詞より後に。

(232~233頁)

そしてジェスチャーゲームで人は、主語―目的語―他動詞の順に、また、修飾語は名詞より後にすることを述べてから、

ところで、何もかもあのジェスチャーの順序にしゃべる言語はないものか。二三三ページの分類で見ると、たった二つ、ビルマ語とチベット語が、ジェスチャーとほとんど同じ順序にしゃべるようだ。すなわち、この言語では主語・目的語は他動詞より前に、名詞の修飾語は名詞よりあとに来る。これは最も合理的な語順だということになる。

(p.248)

と言う。この論に従うならば、ソマリ語も世界で最も合理的な語順の言語の一つであるということになる。

ソマリ語で「牛乳」は「caana lo'aad」(乳・牛の)と言う。また、「その男がその本を読んだ。」は「Ninku buuggi wuu akhriyay.」(その男が・その本を・は・読んだ)と言う。

もちろん、言語はそれぞれにそれぞれの合理性があるのであり、言語に優劣をつけることはできない。日本語には日本語の、英語には英語の合理性がある。しかし、ソマリアで内戦がつづくのは、ソマリ民族は民族としての団結心よりも氏族としての団結心が強いからだという。日本の言語学者がソマリ語のことを「世界で最も優れた言語」だと言っていることをソマリ民族が知り、ソマリ民族としての民族心や団結心が生まれ、平和にはならないだらうか、と、筆者は夢想する。

4. 悲劇のソマリア

ソマリアは悲しい歴史を持っている。ソマリアは様々な勢力の数々の野望が生れ、儚く潰えた土地である。

元々ソマリ族はアフリカの角と呼ばれる地域に住んでいた。しかし、列強によってソマリ族の土地は植民地化され、分断されてしまう。1960年、やっと悲願の独立を果したソマリアは、ジブチ、エチオピア、ケニアのソマリ族が居住する区域を自国に編入して大ソマリア国を建設するという野望――大ソマリア主義――を抱いた。しかし、1977年から1988年にかけてのオガデン地方を巡るエチオピアとの戦いにソマリアは敗れる。長年の戦争に経済は疲弊し、大ソマリア主義を唱えつつ自分の氏族に有利な政策を行うバーレ大統領に絶望したソマリ族は氏族に分かれて、自分の氏族の利益のためにソマリ族同士で殺し合いを始める。

ソマリアの窮状を見た国際社会は、軍事介入によってソマリアに平和をもたらそうとした。これが成功すれば、人工的に平和を作り出すことが可能になる。ところが、1993年、首都ムクディショでの戦いはアメリカ兵18人、一般市民を含むソマリ人約一千人が死亡する大惨事となった。アメリカ兵の遺体が晒し者にされるショッキングな映像が報道され、アメリカの与論はソマリアからの撤退を決定する。

国際社会から見放されたソマリアの二十年に亘る内戦は、いまだにつづいている。

5. Soomaaliyeey toosoo!

ソマリアは内戦と同時に飢饉、飢餓にも襲われている。「6. 方言と分布(ソマリ語ノート)」で示したとおり年々増加する人口は、深刻な食糧危機を生んでいる。

ソマリアの国歌は Soomaaliyeey toosoo という。一九四七年に作曲された。Youtube で Soomaaliyeey toosoo と入れれば、そののどかな調べを聴くことができる。まるで何かのエンディングテーマのような優しげなメロディは、二十年に亘り内戦をつづけている国のものとは思われないほどである。

Wikipediaにある英語からの重訳で恐縮だが、その訳を以下に示そう。

ソマリ人たちよ目覚めよ、
目覚めて互いに支え合おう、
あなたの国を支え、
永遠に支えよう。
互いに争うことをやめ
強さと喜びを取り戻し、再び友となろう。
前を向き指揮を採るときだ。
あなたの敵を破り、もう一度結束しよう。
幾度も幾度も、強くなろう。

ソマリ人たちが目覚め、争うことをやめ、再び友となる日の来ることを願う。